「外見や見た目なんて下らないし、どうでもいい。内面や、中身こそが大切なんだ!」
「オシャレにばかり気を遣う奴は頭悪い。」
なんて考えてた時期が、俺にもありました。中学生くらいのときかな。いわゆる中二病ってやつ。
冴えないメガネと坊主頭でイケメンとはほど遠く、女の子からモテない現実から目を反らすために、こんな思想を持つに至ったんでしょう、きっと。泣けますね(笑)
まあ、今でもその考えを全ては否定しません。要は、バランスが大切なのだという事を、歳を重ねて学びました。
見た目やオシャレばかりに気を取られるのもダメだし、全然気を遣わないのもダメ。
なぜなら、見た目ばかり良くても中身が伴っていなければ、他人からの興味関心は最初だけで直ぐに離れていってしまうから。
その逆で、中身がいくら良くっても外見が酷い物だったら、誰も寄りつかずその良さを伝える機会を得られないから。
これって、恋愛に限らない、普遍的な事だと思うんです。
ビジネスでも然り。
宣伝・広告にいくらお金を使っても、製品やサービスの質が伴っていなかったら長期的な成功は望めないし、逆にいくら質の良い物を作っても、その価値を顧客にちゃんと伝えることが出来なかったら、やはり失敗してしまう。
言われてみれば当たり前のことですが、若い頃は分からないもの。
外見が先でも、中身が先でもいいので、
片方に相応しいバランスまで引き上げることー
これが出来れば言葉通り「名実ともに」備えた人物になれるというものです。
そんな事を「言葉でたたかう技術」を読み終えた後に思い起こしました。
欧米ホワイトカラーの基礎的な教養である、アリストテレスの「弁論術」。
この書には次のようなくだりがあります。
言論による説得には3つの種類がある。…(中略)…第三は証明または証明らしくみせる言論そのものに依存する…
説得においては、真実ではない事でも真実らしく見せる事が重要である、という意味ですが…正直であれ、という日本的美徳に浸かった私たち日本人には、ちょっと違和感がありますよね。
これも、実はバランスの問題だと思うのです。
なぜなら、自分が真実だと信じる事柄も、それを真実らしく語る技術を持たなければ、それは世間において「真実」とは成り得ない側面を持っているからです。
ガリレオ・ガリレイが「地球はまわっている!」と叫んでも、当時の世間はそれを認めなかったように。
この「バランス」や「中庸」といった考え方は、世の中の出来事を理解する上であちこちに顔を出してくるので、機会があればまた触れることにします。
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